スポーツの感動と人が出会う場を、創造し続けます。
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2009/09/10 Thu
8/11〜8/25 ハートマン来日、モンゴル草原を乗馬で走る 

8月11日(火) 

 函館より帰京、アクアラインにて千葉スタジオへ。

リチャード・ハートマン、タム・ベイリー ウェルカムパーティー
 20年前、千葉スタジオ竣工と前後して、シミズはアメリカ・ダラスにSHIPS(シミズ・インターナショナル・プロダクション・サービス)を設立した。ストーンズやマイケル・ジャクソンのワールドツアーの時代に相応しいステージの作り方を導入する必要があったからだ。
 ダラスには、青木陽一氏のエリアルという、日本のテレビ局の取材や番組つくりをサポートする会社があって、彼の会社がそっくりSHIPSとなったわけだ。そして青木氏に頼んだ第一の仕事は、ダラスにある、「サミュエルソン」という優秀な舞台会社を育て、売却してフリーになっている、リチャード・ハートマン氏をスカウトして貰うことだった。
 
 そこから先は、シミズオクトの社員なら誰でも知っている、シミズオクトの舞台システム「SSR」の開発が始まったのである。

 このシステムに熟達し、かつ厳正な安全管理を行えるようになるまで、リチャード・ハートマンと その直弟子タム・ベイリーは長期間、まだ不便至極だった千葉スタジオに滞在して、親身の指導に当たってくれたのである。

 ハートマン氏は、高名な英国人デザイナーであるマーク・フィッシャーの片腕として、ピンク・フロイド以来、世界中をまたに架けて舞台づくりに励んできたエンジニアである。舞台のものづくりのあり方をいかに行うかに、日本では得られない世界観をお持ちであり、その後の千葉スタジオの拡張の都度、アドバイスを頂いて来た。今回も、隣接地約5000坪の拡張計画があるので、マスタープラン作成のため、招聘したのである。

 千葉スタジオに着くと、ハートマン、タム・ベイリー、そして青木さんら勢ぞろいして、千葉スタジオに新しく出来たウッドデッキにて、ガーデンパーティーが始まっていた。久しぶりの会合、久闊を序し、話ははずんだ。
 河村君ら千葉スタジオ創業時のメンバーも駆けつけ、思い出話に花が咲いた。また、その後の千葉スタジオの順調な発展が夢のようだと、口々に語ってくれたのである。

左 タムベイリー  右 ハートマン 両氏に千葉スタジオ20周年記念品送呈
 
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8月12日(水)
 小滝橋治療院。膝痛に対して鍼、灸、およびマッサージの治療を行う。
 東京本郷RC例会
 健保検印
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8月13日(木)
 本社にて「スポーツイベントマーケット」の原稿書きを行う。なかなか書き上がらず、苦心する。
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8月14日(金)
 リチャード・ハートマン 千葉スタジオのカイゼン計画について会議
 この数日間の滞在に各関係者からヒアリングし、改善点について、ハートマンらしいダイナミックな提案があった。すばらしい提案を聞き、大変満足した。

金田中にて会食
 先日ご馳走になった、東急セルリアンホテルの「金田中」にて会食する。能舞台を部屋から望み、大満足してもらえた。

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8月15日(土)
横浜 日産スタジアム GLAY公演視察
 夕方、薄暮となる頃、コンサート現場を視察に立ち寄る。超満員のお客が、久方ぶりのGLAY講演を楽しんでいる。ステージは大きく、LEDをふんだんに用い素晴らしい舞台装置だ。残念ながら、この舞台は当社製ではない。会場警備関係など受注は、不況のさなか有り難いことだ。

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8月16日(日)
屋上ガーデニングその他
 明日から家を留守にするので、炎天下で水切れを起こさないよう、給水装置を繰り返し、点検する。
モンゴル行きの荷物はやたらと詰め込みすぎて、オーバー料金取られるかも。   
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8月17日(月)
成田発 モンゴル ウランバートルへ
 ナーダムに出場したこどもたちが帰国するので、ハーモニーセンターの大野重男君ご夫妻が出迎えに来ていた。10歳の女の子が入賞したらしい。そのドキュメントがフジテレビで放送されるので、取材クルーが来ているとのこと。すばらしいことだ。入れ替わりに、その飛行機で出発。この班は私一人で、現地で1週間滞在する10人の高齢者グループに合流することになっている。
 およそ4時間。ウランバートル着。モンゴルは涼しい。気温18℃だ。

 出迎えの、モンゴル文化教育大学の学生に伴われて大学に向かい、学長のソイルト氏にご挨拶。シリンボガルキャンプ地へ向かう。
 ウランバートルの交通渋滞は物凄い。市内の幹線道路が改修工事をしているそうだが、交差点の信号がまったく機能せず、全方向から我勝ちに、どの交差点もぎっしり詰まったままだ。
 60キロしかないキャンプ地まで3時間もかかる。遅い到着にかかわらず、学生たちや、キャンプの同期生が歓迎に待ち構えていてくれた。 
今回指導責任者の大野幸男氏 宿泊はゲルの中。大野氏と相部屋

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8月18日(火)
乗馬レッスン開始
 良い天気だった。騎乗訓練にて、指導役の学生さん「ガンガー君」と一緒に、カラマツ林の山を登る。

  
 近くの山あいに入ったところで、雨が降り始める。モンゴルの雨は日本の梅雨に似て、強くはないが冷たい。シャツや帽子を通して冷気が伝わって来る。雨は氷雨に変わり、霰まじりとなる。おまけに、雷雨の音に驚いたのか、先導役の馬が急坂の下りを渋るので、歩いて坂を下る。
 痛む膝。枯れ枝が折り敷いて滑りやすい。およそ2時間。運動不足の下半身はがくがくになった。例年に比べて、今年のモンゴルは秋が早いようだ。外気は9℃だった。ほうほうの体で、キャンプのゲルに倒れこむ。
 
昼食。 
 午後は雷雨が激しく続き、訓練は中止となった。おまけに、ウランバートル市内道路工事のため、全市停電とのこと。疲れで、なにもせずなにも出来ず、ひたすら寝る。

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8月19日(水)
今朝はモンゴル文化教育大学学長のソイルトさんと一緒に朝食をとる。

モンゴル文化教育大学学長
ソイルト氏 日本名 牧原創一
 

  このキャンプ場は、日本語科学生の実地訓練の場として大学直営のもので、80人分の馬具、宿泊ゲル、バンガローがあり、レストラン棟、サウナ・シャワー・トイレ棟と、広大な放牧地等からなっている。
 乗馬を教えるのも、宿泊ゲルの手入れ、食事の支度などもすべて、学生たちの実習として行われる。
 ソイルト氏は内モンゴル人で、ハーモニーセンターの大野重男理事長と共同作業で、内モンゴルで乗馬キャンプを始めた。その後、中国側とのトラブルに巻き込まれた時から腕を振るい、キャンプ地をモンゴルに変更、すでに26年も続いている。
 
 乗馬インストラクターの学生たちに日本語を教える必要から、日本語学校を設立、その学校はたちまち大学に昇格、「モンゴル文化教育大学」は10期目の卒業生を出すまでになっている。大学学長のソイルト氏はまったくやり手の実業人で、既に日本国籍を有し、日本名は「牧原創一」という。
 
ソイルトさんのお話。 
 「モンゴルは人口270万人しかいないが、国土は日本の4倍ある。ゴビ砂漠が大半の面積を占めるが、地下には、石油、石炭、金銀銅にウラニュームその他稀少金属の宝庫である。モンゴルの未来は明るい。しかし、鉱産物をロシアと中国以外に売ろうとすると、運賃と通貨料を取られて、50ドルで売ったものも手取りは8ドルにしかならない。モンゴル人は、こういうズルイ商人の国と隣り合わせに生きてきたから、騙されない世界観を身につけている。モンゴル人は先祖のチンギス以来、世界中に散らばって住んでいる。視野は広いのです。日本人がすぐ騙されるところを、モンゴル人は冷静に見つめている。こういう時に、モンゴル人が役に立てるよう、日本語科の学生を育てているのです」
 ソイルト氏のグローバルな視点のお話は実に興味深い。
 
今日は午前中、乗馬の個人レッスン。大野幸男君が直接指導してくれる。
幸男君はハーモニーセンター理事長の大野重男君の甥で、52歳。葛飾区の水元公園の指定管理者となった、ポニークラブの責任者である。日頃は日本で、子供たちに乗馬を教えている。
 今年、ウランバートルのナーダムに、水元公園ポニークラブから4人のこどもを引率出場させ、うち10歳の女の子「あおいちゃん」が10位に入賞したそうだ。その子供たちと入れ替わりに、私たち後期高齢者の最終コース組が到着。その指導のため、彼は居残り指導してくれた訳だ。

 「手綱」の持ち方を何度も注意される。また「あぶみ」の高さ、馬の腹帯を幾度となくチェック。おかげで、痛む膝をかばいながらなんとか勘を取り戻し、「並足」、「速歩」、「早駆け」、のコースをおさらいして、初級コース卒業。

 
 2拍子の「速歩」の時は、膝の上下の筋肉を使うので痛みが伴う。ガマンしながらのトレーニングは、実にしんどい。筋力がつくまで、痛みは消えないだろう。
 午後から、中級コースの皆様と一緒でよろしい、との許可が下りる。
 
 午後は、ツアーグループと合同して、登り傾斜にて「早駆け」訓練をしながら、2番目に高い山に登る。
 大野さんの指示で、グループの隊列の先頭役を命ぜられる。先導の「ドルジョー君」に離れずついて行くことに集中。
「ギャロップ」になると、「バランス」を足腰のバネだけで保つリズム感が大事だ。しかし、体重があるから、かなりの筋力が膝に懸かる。日頃の鍛錬不足で、バランスが崩れないよう必死だった。

 山はおぼろに霞んで、稜線はなだらかに起伏しすばらしい景観だ。紫や、ピンク、それに白い花が咲き乱れる草原を突き切って馬は進む。進まない時は馬がパクリパクリと口に入れる。
 樹林は立ち枯れが多い。厳寒の厳しさのせいだろうか。太木は見られない。ようやく頂上部のたどり着き休憩。記念撮影。シリンボラグキャンプが眼下だ。

   
 今日は天気も良く、大成功の一日だった。だが、並足組の田淵さんが落馬したそうだ。幸い、怪我はないようだ。サウナに入る。夕食は大根サラダにパスタのようなもの。小食節制に努め、疲れですぐ寝る。

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8月20日(木)
 河まで長距離トレッキング。今日は、およそ往復30キロの遠乗りである。朝食時にこまごました注意を受ける。
10時出発。ゆっくり組と速足組の2班に分かれる。私は今日も速足組の先頭を仰せつかる。しかし、相変わらず膝は痛む。かばいながら走る。やっとだ。

 1時間半ほど走り、途中のモンゴルの遊牧民に立ち寄る。遊牧民は通りすがりの人にも実に愛想がよい。
子供が4人、若夫婦に老人夫婦と8人の家族が2軒のゲルに暮らしている。馬乳酒とヤギのチーズを振舞われる。馬乳酒は、アルコールは低いが、かなり酸味が強く、簡単には飲み干せない。

嗅ぎタバコをすすめるご主人  
 
 質素で、現代の豊かな生活とは言えない遊牧の暮らしではあるが、親・子・孫が一つ屋根にむつまじく暮らす、幸せな家庭を拝見できた。

 テレルジ河は、北の雪を抱く山塊から流れて来る清流で、海のないウランバートル市民の憩いのオアシスである。川端にテントを張る。人々は日光浴をしたり、バーベキューを楽しむ。遊牧の馬、羊、ヤク、牛も水浴びをする。
 羊肉のバーベキューを食べ、そのままごろりと午睡を決め込む。青空に浮かぶ白い雲が流れて行く。浮き雲がプカリプカリ、もう秋真っ盛りのモンゴルである。

 さて、帰路はいよいよ速駆けの本番である。一気に走って、今年4月に完成したチンギス・ハンの巨大な騎馬像を目指す。館内を見学。再びまた、草原を走る。

 モンゴルツアーは今年で3年になる。自分の体力の自己チェックの場だ。年一度同じ時期に来て、同じコースの身体特訓、体力維持チェックに打ってつけだ。今年の評点は膝の痛み、上下動する下半身を支える ふくらはぎや大腿筋などの耐力低下を痛感する。
 しかし、乗馬は、馬の方が自分を運んでくれるという楽なスポーツだ。水泳やランニングは、疲れたらいつでも休止できるが、馬は自分が下りなければ 鍛錬は続く。だから、高齢者、ご夫人向きと言える。ゆっくり組のみなさんも、そこを気に入って病み付きで、通われるのである。

 さて、夕食はしゃぶしゃぶパーティーであった。牛肉、羊肉、豆腐、ジャガイモの薄切り、ホウレンソウ、木クラゲ、春雨などを、巨大な煙突のついたコークス熱源で、ぐらぐら煮え立った鍋に各自放り込んで、がつがつと喰らう。

 食事のあと、モンゴル騎乗訓練終了証の表彰式があった。
大勢の学生たちにはやし立てられながら、ソイルト学長より終了証を頂く。私の他、4人が中級の判定であった。
そのあと、歌になり、ディスコ大会になった。私は、寒くて先にベッドに潜りこむ。

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8月21日(金) 
 今日はトレーニングと移動だ。午前中、最後の疾走組の訓練があった。
 競馬のテレビ中継で見るように、馬の速駆けは、前足と後ろ足を揃えて、交互に地面を蹴る。前足が着地した時に「あぶみ」も着地する要領で、丁度縄跳びのジャンプと同じに跳ねればよい。馬のジャンプに合わせてタイミングを取ればリズムが取れる。爽快極まりないスピードが楽しめる。大汗を掻く。風は心地よく、空は青く澄み渡り、雲が流れる。続ければ、激しい体力の要るスポーツである。
 大野さん、そして一緒についてきた二人の女性と最後のフィニッシュランを決めて、記念撮影する。


 学生たちの熱烈な見送りを受けて、キャンプをあとにする。ウランバートル エーデルワイスホテル チェックイン。デパートとスーパーを案内してもらう。モンゴルの女性もおしゃれになり、デパートの一階は、すべて化粧品、宝飾品のコーナーである。行き会う女性たちも、遊牧民とは想像できない 現代風なコスチュームである。

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8月22日(土)
4時に起きる。朝は9℃である。
副学長ゲレルトさんの見送りをうけて、空港チェックイン。実に手際よく機内の人となる。
モンゴル航空はDC−8を使用している。モンゴルの家族で超満員である。
6時15分発。12時半成田着。

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8月23日(日)
久しぶりの東京。疲れて日中も目が開かず、ついつい寝込んでしまう。

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8月24日(月)
東屋 デ健保 健保理事会。
先月28日の組合会に野次、怒号にて組合会の審議を妨害したメンバーは、日常の事務局の執務においても、集団的暴力、面会強要、長時間の電話による業務妨害等あり、これらの被害に対し、当組合への出入りを禁止する警告書を送付した件について審議、同意の採決を行った。

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8月25日(火)
慈恵医大第3病院 浅沼先生 膝の検診。
上野 韻松亭
精養軒の手前にある、花見茶屋にて
東京本郷RC 家庭集会出席。
会員増強をテーマとした食事会があった。12名出席。ロータリー運動は高齢化し、会員増強も、若い人の社会勉強といった意義付けをしながらうまく誘わないと、当クラブもたちまちジリ貧におちいる危険ありと意見を申しのべた。

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